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レコレコ「コラムと書評」20020902締め切り稿

橋本努(北海道大学大学院経済学研究科助教授・経済思想)

 

 

ミニコラム(600字)

「温情的なリアリティ」

 ニューヨークから二年ぶりに帰国してみると、日本はジメッとしていた。成田空港の国際到着ロビーには、「Welcome」と書かれた看板の下に「お帰りなさい」とある。外国人は歓迎、日本人は共同体に再編入、という訳だろう。なるほど帰国とは、虚構としての帰宅である。まるで居場所のない家にすら不可視の共同性があるようだ。「ただいま!」という翻訳不可能な時間感覚が、あたかも共同体の「生きられた時間」として共有されているかのように感じられた。

しかし日本語力の衰えた私には、すでに会話の基本的なリズムが分からなくなっていた。社会に再適応しなければリアリティの感覚は戻らないのだが、逆に再適応するにはいちいち腹が立つ。文化的に葛藤を抱えるとはこのことだ。ある意味で不機嫌な自分を受けとめる他ないのであろう。これが日本語を勉強している外国人たちであれば、成田に到着した途端に「お帰りなさい」の一言で、日本文化を理解しようとする意欲を大いに挫かれるのではないか。外国人は他者として歓迎されるのではなく、日本という共同体への同化を強いられてしまうのだから。

日本語を話すすべての人に「お帰りなさい」というメッセージを送る成田空港。その公共性の感覚は、国際感覚としてどこか歪んでいないだろうか。日本語においても「歓迎」というメッセージを送ることこそ、開かれた国家として相応しい態度であるはずだ。

 

 

 

書評10点

[1]

ジョージ・ウドコック著、白井厚訳『アナキズムI 〈思想篇〉・II〈運動篇〉』紀伊国屋書店1968年、2002年復刊版

 

 国家を否定して個人の自由・自発を限りなく追求するアナキズムの歴史を、思想と運動の両面から通覧した古典的名著。ゴドウィン、シュティルナー、プルードン、バクーニン、クロポトキン、トルストイ等の思想は、一方ではマルクス主義と対抗しながらも、他方では資本主義や自由民主主義に代わるさまざまな社会理念と実践を提示してきた。エゴイスト同盟、相互扶助論、無政府共産主義、平和主義などの理念はその一例だ。またアナキズムは、個人の自由意志を最大限に強調する点では現代のリバタリアンに通じる歴史的水脈をもち、多様性、不定性、多孔性、亀裂といった理念を強調する点では、ドゥルーズやネグリの政治思想にも通じる。政府権力を否定して「自由に生き生きと成長する社会」を目指すというアナキズムの思想は、大いに再検討されるべきだろう。

 

1.満足度 3

2.本のリンク  ノージック著、嶋津格訳『アナーキー・国家・ユートピア』木鐸社1995

 

 

 

[2]

ノーム・チョムスキー著、塚田幸三訳『「ならず者国家」と新たな戦争:米同時多発テロの深層を照らす』荒竹出版2002年

 

 アメリカの軍事的ヘゲモニーを徹底的に批判するチョムスキーの論文・講演集。テロ事件後になされた講演の他に、ミサイル計画、宇宙軍、インドネシアの問題、イラク危機、東ティモール問題、国連決議に対する拒否権の発動など、アメリカの不当な世界制圧に関する諸問題を鮮やかに抉り出した諸論稿を所収する。とりわけ第一章「テロに対する新たな戦争」は、テロ事件後になされた最も傾聴すべき講演だ。徹底した情報収集に裏づけられたマス・メディア批判と政府批判は、私たちがしかと受けとめるべき真実を開示する。現在、世界には300万人以上の人々が餓死に瀕している。途上国において「最終的に民主主義が達成される確率を上げるため」という理由で戦争を正当化することはできない。チョムスキーの真摯な訴えは人を揺さぶらずにはおかない。

 

1.満足度 3

2.本のリンク  チョムスキー『9.11』文藝春秋2001年

 

 

 

[3]

ハンナ・アーレント著、佐藤和夫編、アーレント研究会訳、『カール・マルクスと西洋政治思想の伝統』大月書店2002年

 

 二つの主著『全体主義の起源』と『人間の条件』の間になされた講義録において、アーレントはマルクス思想と対決する長大な論稿を残していた。マルクスの哲学を支える三つの命題、すなわち「労働が人間の創造者である」「暴力は歴史の助産婦である」「他者を隷属させる者はだれも自由たりえない」という諸命題は、西洋政治思想の伝統とその崩壊から帰結する一つの時代認定的な把握であること、ここにマルクス思想の現実性と危険性があるという。マルクス主義やファシズム、マッカーシズムに思想的同根性を読み取るアーレントの視点は、とりわけマルクスの「労働」概念そのものが、近代の超克過程に絶望的な罠を仕掛けたことを読み解いていく。美しい魂と強度の思考をもったアーレントの、凄まじいまでの思想的対決の軌跡。

 

1.満足度 3

2.本のリンク カール・ポパー『〈歴史主義〉の貧困』

 

 

 

[4]

大澤真幸著『文明の内なる衝突 テロ事件後の世界を考える』NHKブックス2002年

 

 アメリカの政治的・経済的象徴財を文字通り粉砕したテロリストたちの攻撃は、世界中の人々の共感を億の単位で勝ち得ただろう。ではこうしたテロへ至りうる文明論的葛藤をどう考えるべきか。現代の主要な思想(コミュニタリアン、普遍的形式主義、ポストモダン多文化主義)はいずれも、テロリストという絶対の他者を前にして、戦争以外の積極的な提言を持ちえていない。テロを防ぐ有効な思想はむしろ、例えばNGO組織のペシャワールの会がアフガニスタンの難民を救援する際に、大いなる羞恥心に導かれて贈与する行為に現れている、と著者は考える。テロ行為を赦して、テロリストやアフガニスタンに対して無償の大規模援助をすることが、諸文明の共存可能性をもたらすというわけだ。現実味に欠く提案ではあるが、思想的突破者の勢いがある。

 

 

1.満足度 3

2.本のリンク 大澤真幸『身体の比較社会学T』勁草書房

 

 

 

[5]

デヴィッド・ボイル著、松藤留美子訳、『マネーの正体』集英社2002年

 

 イギリスのジャーナリスト兼オルターナティヴ・エコノミストである著者は、アメリカ各地で展開される地域通貨の現場を訪れた。社会荒廃の著しいワシントンにおける「タイム・ダラー」、フィラデルフィアの福祉団体「ヘルピング・ハンズ」、イサカにおける労働通貨、等々。その紀行は興味深い話題に尽きない。例えば、ボーナスの一部を地域通貨で支給すると、従業員たちは高価な商品を買って消費するよりも、地域内でなしうる別の可能性を探ろうとするという。結果としてその地域は、巨大資本への包摂を避けて、豊かな人間関係を別のルートから育むチャンスを得る。貨幣では計れない真の豊かさを知るためには、国民貨幣と地域貨幣の重層性の中で物事を考えていかねばならないと訴える本書は、閉塞する資本主義社会に希望を与える一冊だ。

 

1.満足度 3

2.本のリンク  ジェーン・ジェイコブズ『都市の経済学』

 

 

 

[6]

R・ローティ著、須藤訓任/渡辺啓真訳、『リベラル・ユートピアという希望』岩波書店2002年

 

 ローティ自身によるローティ哲学の入門書。分析哲学や政治論に関する諸論稿、および自伝風エッセイ「トロツキーと野生の蘭」を所収する。十六歳ですでにプラトンを通読したローティは、二〇歳になるまでプラトン主義者だったという。その後に彼が展開した西洋哲学批判は、スノッブな独断にまどろんだ青年時代に対する自己批判の営みでもあった。旧来の哲学はすべて破綻していると断ずる彼の主張は、哲学を胡散臭いと思っているプラグマティックな人々には痛快であろう。他方でローティは、「より善い社会」を目指して進歩を語るべきだというが、これはいっさいの冷笑なしに真摯に受けとめられるべきである。しかしローティの語る希望の哲学は、その単純さと凡庸さによって読者を落胆させるかもしれない。その語りは二流以下の思索だと思ったほうがよい。

 

1.満足度 3

 

 

 

[7]

スラヴォイ・ジジェク著、中山徹・清水知子訳、『全体主義 観念の(誤)使用について』青土社2002年

 

 近代批判、新自由主義、ホロコースト批判、男根-ロゴス中心主義批判。現代思想のこうした大勢は、いずれも「全体主義」を批判する点で一致する。しかしジジェクによれば、全体主義批判への安易な賛同は、自由民主主義のヘゲモニーをただ追認するにすぎない。全体主義概念の抽象的な規定は、その概念が日常の文脈において実践される際の「具体的普遍」とはまったく相反するのであって、この概念上のパラドクスを洞察しないかぎり全体主義を誤って理解してしまうと指摘する。今日、偶然性やズレといったものを支持しない立場は、潜在的な全体主義として退けられてしまうが、しかし例えば、社会的に監視されやすいサイバースペースへ過剰に参加することこそ、相互に無関心なアパシーの広がる自由社会が全体主義化する可能性を防ぐという。

 

1.満足度 3

 

 

 

[8]

古矢旬著『アメリカニズム 「普遍国家」のナショナリズム』東京大学出版会2002年

 

 テロ事件以降、アメリカニズムに対する批判が世界を駆け巡ったが、いったいアメリカ的な物の考え方のどこがマズイのか。本書は合衆国を形作るイデオロギーの全貌を、19世紀における対外孤立型アメリカ主義、移民文化に基づく新しい共同体形成(反エリート主義や住民参加)、市民権と民族アイデンティティの葛藤、仮想敵(共産主義陣営)を利用した国民的共同性の反照規定、およびアメリカ文化の世界化、といったテーマに基づいて丹念に描き出す。アメリカ文明の限界は、その普遍的な自由民主主義の理念にあるのではなく、覇権を握りながら環境問題に対して何も対処しえないというアメリカ例外主義にある。国家に活力を与える国民的意識が動員されればそれだけいっそう国家の限界に直面するという現実をどう考えるべきか。30年にわたる研究の大成果。

 

1.満足度 3

2.本のリンク  ジョン・ハイアム『自由の女神のもとへ 移民とエスニシティ』平凡社1994年

 

 

 

[9]

ジェームズ・ミッテルマン著、田口富久治・松下冽・柳原克行・中谷義和訳、『グローバリズム化シンドローム 変容と抵抗』法政大学出版局2002年

 

 東アジアと南部アフリカにフィールド経験もつ著者は、周辺的存在者の立場から新自由主義的なグローバル化の弊害を批判しつつ、複線的なグローバル化の世界変容を包括的に分析する。タイトルにある「シンドローム」とは、ロマン的な病的現象のことではなく、現実社会の連関を「支配理念の正常化」と「偽りの普遍主義」という価値観の間で捉えた拮抗的な現実把握を意味する。広範な社会調査をもとに、またグラムシとポランニーの理論を援用しながら、著者は市場誘導型のグローバル政治経済の統合がもたらす代償をさまざまな側面から批判する。国際分業、貧困とジェンダー、地域覇権しての日本の位置、グローバリズム対抗運動、環境型抵抗政治などについて検討しつつ、結論では、グローバルなガバナンス(民主政治)の可能性が示される。

 

 

1.満足度 3

2.本のリンク  ジョン・グレイ『グローバリズムという妄想』

 

 

 

[10]

ピエール・ブーレーズ著、笠羽英子訳、『標柱 音楽思考の道しるべ』青土社2002年

 

まさに待望の翻訳。現代音楽家の巨匠ブーレーズ自身による講義、コレージュ・ド・フランスにおける10年に及ぶ音楽講義の集成である。マーラー、ドビュッシー、ストラヴィンスキーなどの作品分析、偶発性や不確定性の考察、あるいは、支配的な教育システムを従える西洋古典音楽の実践に対する批判などを通じて、ブーレーズは音楽言語、楽器、記譜法、教育システムのすべてにわたって破壊的な創造を企てる。あくまでも技法と創造の関係にこだわりながら、現代音楽の偉大な制作の現場を分析していくその試みは、創造のための、汎用可能な起爆剤である。西洋自身による西洋近代の突破として現代音楽を聴取かつ検討する著者の音楽哲学は、単なる独創性ではなく職能の意義を強調し、創造的な諸技法の伝授を模索する。インスピレーションの源泉だ。

 

 

1.満足度 3

2.本のリンク  ナティエ『音楽記号学』春秋社1996年